ニラベルトの生活史

生活のアーカイブ

「死にがいを求めて生きているの」を読んだ

朝井リョウ

対立と螺旋の話。

「何者」以来の朝井リョウ

雄介と智也、2人の対立をめぐる物語。2人が少年から青年になるまで、看護師、転校生、女子、大学生、中年ディレクターの視点から2人の物語を紡いでいく。植物状態で眠る智也と献身的に見守る美しい友情から始まる物語と見せかけて、過去に遡り今に戻るにつれて歪な関係が現れてくる。

 

なぜ人間は対立するのか。対立をしていないと自分の価値を見出せないのか。平成になるにつれ子供達のまわりから様々な争いが消えていった。成績の順位、体育祭の勝敗、組体操や棒倒し…。だから誰とも比べなくていい、対立しなくていい世界が訪れると思っていた。ここからは原文「だけど人間はら自分の物差しだけで自分自身を確認できるほど強くない。(中略)これまで見知らぬ誰かが行ってくれた順位付けを、自分自身で行うことでもある。見知らぬ誰かに「お前は劣っている」と決め付けられる苦痛の代わりに、自ら自分自身に「あの人より劣っている」と言い聞かせる悲しみが続くという意味でもある。 」 自分の価値を自分で見つけなければ、身につけなければいけない時代に突入したのだ。そのために雄介は巨大な何かを敵と想定して、立ち向かう自分に価値を付加させようともがいていく。そんな雄介の暴走を止めようとする智也だったが、実は自分自身も雄介を「対立する相手」として生きがいを見出していたのではないかと葛藤する。「なんでこの2人は仲がいいのだろう?」と作中ではそれぞれの章の主人公から疑問があるのだが、それはお互いがお互いを「生きがい」として必要としていたのかもしれない。

 

人物

 

白井由里子。

看護師で日々スケジュール通りに流されて過ごしている。ちょっと一生懸命になったら崩れそうだと。そんな空洞みたいな生活に絶対値を求めている。似てる。なんか不感症になっていくというか。自分の周りを塗り固めて、周りに干渉するのが疲れていくというか。そんな歯車を壊したくて、親友と離れ離れとなってしまう弟を、親友に献身的な雄介に会わせる。ストーリーはスローに始まる。その表面からはわからない闇に入り込んでいく。

 

前田一洋

雄介と智也が通う北海道の小学校に転校した子。普通の小学生男子。まずこの人の転校生としての気持ちが自分のと重なる。笑い合ってやっと転校した実感が湧く。時間と実感のギャップ。そんな彼の視点から智也と雄介の関係が描かれていく。それと同時に徐々に雄介の不穏さ、違和感を感じていく。私は小学生の雄介へ不快感を抱いていた。何のためにそんな熱くなっているんだろう、アニメのキャラの真似をしてイキッてる、お父さん自慢だろそれ…などつかみどころのない負の感情がザワッと湧いてくる。「足をかけたのお前だろ!紅組だから!」みたいなシーン、怖かった。この時から見えない敵を自分で作り出していたのか。

 

坂本亜矢奈

智也と同じ中学水泳部女子。

そういえば雄介とその彼女はどうなったのだろう。こういうお互いを罵り合ってたけど、めちゃくちゃ親密になるカップルいたなぁと。

「それ、多分、恋じゃない」発言で盛大な勘違いをしたんだけど、智也ゲイ説という予想。実は雄介のことが好きで…まんまとやられた。よく読んだら全然筋に合ってない恥ずかしい。

職業体験のところは雄介の絶妙な羞恥心を食らった。何かと大義を求めている雄介。もし雄介のお父さんがかっこいい役職だったら自分も特別になれるのに、という気持ちが透けて見えてちょっと不快な気持ちになる。

 

安藤与志樹

大学生。レイブで大学生活を謳歌。そのうち他の大学生の大義ある活動に劣等感を覚えて活動は萎縮していく。

この話もきつかった。意識高いしボランティア活動に熱心なのはとても良いと思うんだけど、自分よりも質の低いと判断した人をいないところで悪口を言うシーンがキツかった。自分と比べて他者を貶めてはだめだろうと。結局は自分の「生きがい」のためにやっている。そうでもしないと死んでしまうかのよう。自分がやらなきゃと他人に干渉し過ぎてしまう。ホームレス支援団体の代表大学生が頑張り過ぎて「あるホームレスがかわいそうだから元々住んでいた家族を探す」までやったのが印象的。「生きがい」を求め過ぎて他者のエリアに踏み込むことがどんなに危険なのか。そして雄介はさらに不穏な行動へ。ジンパ(ジンギスカンパーティー)復活の署名活動をしていたが、他の人の合理的方法で横取りされてしまった雄介。次は寮の学生自治問題へ。祭りの時に旗を振り回す雄介。だんだん何を考えているかわからなくなってくる。

 

弓削晃久

制作会社の中年テレビディレクター。優秀な後輩への嫉妬、離婚、テレビ局員からのパワハラ、過去の栄光にすがるなどなかなかしんどいキャラクター。そんな彼は、雄介の暴走を止めようとする智也と出会い、利害が一致し共に行動していく。物語の真実に近づき、さらに最初の話へと展開は加速していく。このあたりから今までの話と繋がってきて面白くなって一気に読めた。自称長老が、智也に騙されるシーンはなんか間抜けだった。弓削が隠しカメラを持って部屋に入ろうとするも私物は没収と言い渡す長老に対し、起点を聞かせて智也が「弓削は血友病で決まった時間に駐車しないといけない。十分くれ。部屋で準備する。」と。これってその場で確認でよくない?そもそも犯罪めいていることしてるのに、ボイスレコーダーやビデオなんて真っ先にリスクとして上がるはず。なのにセキュリティー甘々。まぁ長老が元々ボンボンの息子で、社会に溶け込めずこういうことをしていると考えればおかしくはないか…。

それよりも、長老に騙されて入居していたと思われた雄介は、わかっててこの部屋に来たのだった。「まさか自称長老を懲らしめようと?」

と思う束の間、理由は思ったよりも狂気を孕んでいた。「自分がヤバい思想に騙されてお金も取られたけど、そこから立ち上がった」という肩書きが欲しかったから。智也が予想した「山族、海族の戦いを終わらすため」ではなかった。「台無しだよ。」「智也は院生だからいいよな」「神輿は男がかつがなきゃいけない。女はそれをやるとすげぇってなるから楽」と雄介。

弓削に間違って届いた後輩からの動画とシーンがマッチしてして凄かった。動画には、かつて弓削がドキュメンタリーとして撮った「無人島で新たな悟りを開いた」仙人みたいな人の後日談だった。その仙人の娘が「父は手段と目的が逆だったんです。人とは違う、というのを手に入れるために無人島に住み始めたんです。」と見事に雄介とリンクしている。さらに何かを手に入れたい弓削ともリンクする。ここ本当に凄かった。

そして新しい敵を見つけた雄介。それは智也だった。

そして物語は病室に戻る。

 

南水智也

聞こえてたんだ。意識障害でも聴覚だけが残る。そこに白井、前田、亜矢奈が絡んでいく。植物状態の人を主観に持ってくるのすごいな…。父との確執、雄介の目的、智也の目的…この最終章で物語は真っ裸となる。

「対立」は螺旋のようにグルグル回っている。また「生きがいを求める」こともグルグル回っている。それは無限に中心へと続くのか。それとも繰り返すことで果てしなくも渦の外に向かっているのか。

智也の葛藤がリアル。人は「対立」を求めている。「対立」は向上するために必要で、他者に向けてはいけない。雄介は「生きがい」のため「対立」を捏造する。そんな雄介を止めたい。さらには父の「海族と山族は対立する運命」というのを否定したい。繋がることはできると証明したい。「生きがい」なんて持たなくていい、生きているだけでいいと説きたい。しかし、自分が「雄介」を生きがいにしている。雄介に嫌悪感を抱いたのは、自分と重なってみえたからなのか。

平成の時代は良かったのか。社会から対立が隠されてからは相対評価から絶対評価となった。他人からの明確な攻撃ではなく、自分で決めた劣等感の攻撃を受けやすくなった。つまり誰も何も言ってないのに「聞こえる」気がする。対立をなくそうとすると必ず対立する。劣等感を払拭するために誰かと対立しようとする。

不自由な時代から自由な時代へ。しかし従っていれば良かった時代から、自己責任の時代へ。

自由な時代。共通価値は消えて、それぞれ多種多様の価値が生まれた。

何もない自分への恐怖。

そんな時代の歪みから生まれたのが雄介だった。

智也という新たな生きがいを作った雄介。

分かり合えないけど、それでも一緒に生きていかなければならないと、時代をもがき進もうとする智也。

またこの2人は邂逅するのだろうか。